「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」

英語に限らず、いくら鼻先に「これがいいぞ!必要だぞ!」と見せても、本人が必要性を感じないとやる気が出ず、継続しないので伸びに限界があります。
子供や若者に英語の必要性を訴えても、なかなかやる気を起こしてくれず困っている。
どうしたら良いのか。
と言う悩みを持つ人は多くいるようです。
私のブログでも人気記事で、多くの人に読まれていることからもわかります。
英語に限ったことではないのですが、最も良い方法は、
「周りの大人が、それを楽しげにやって見せる」
「使って見せて、かっこいいところを見せる」
これに限ると思います。
特効薬みたいなものを期待してこのページを読んでいる人には申し訳ないのですが、「やる気を出させるxx法」的な魔法は存在しません。
私が英語教育で最も避けていただきたいと思うのは「脅し法」です。
実際にはやっちゃってる人が多いので、発見したら私は片っ端から止めています。
「脅し法英語教育摘発刑事」とでも申しましょうか。即、検挙です。
「英語をやっておかないと困るよ!」と脅したり「お母さん(お父さん)は英語で苦労したから、あなたには苦労させたくない」と懇願したり「これからは英語くらいできて当たり前だ」と、毒にも薬にもならない一般論を言うよりも、楽しげに、かっこいい姿を見せて、うらやましがらせる。これが一番効きます。
私の場合は、両親から英語を押し付けられたことは一度もありません。
本当にまっっっっっっったくないです。私の父は帰国子女ではありません。戦後間も無く外国人は米兵か宣教師くらいしかいない時代に、ジャズに出会って恋に落ち、「英語ってカッコいいな、ジャズを英語らしく歌えるようになるには発音矯正じゃないか。」と思いついてしまったらしいのです。そこから自己流で日本人向けの英語発音矯正方法を編み出してすでに高校生の時米兵から「お前はアメリカのどこ出身だ」と聞かれるほどの発音だったそうです。
そんな人間なので、幼児英語教育には全く興味がなく、7年前に亡くなるまで「英語なんて何歳だって、やりたいやつがやりたくなった時にやればいい」と言っていました。父がしょっちゅう言っていたのが、「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」で、要するに本人の心の準備ができていて、必要性を感じなければいくら早く始めても何にもなりはしない、ということでした。
英語をはじめてやったのは、中学に上がる前の春休み、父から朝30分無理やりやられた英語発音矯正です。期間は3ヶ月くらいだったと思います。
子供の頃に英会話教室に行ったこともなければ、英語のお遊戯や歌をやらされたこともないし、英語のアニメも見させられませんでした。さらに、私はそもそも子供じみたお遊戯などが小さい頃から嫌いだったので、「英語でみんなで歌おう!」とか「英語で劇をしましょう!」みたいなものをやらされたら、早々に英語アレルギーを発症して英語の世界への門を閉じていたと思います。
小さい頃から英語をやらされなかったことに両親には心から感謝しています。

ただ、父がハワイアンとかジャズが好きだったので、小さい頃から家庭で流れている音楽は基本的に洋楽でしたが、意味がわからないので特に英語力に大きな優位性を与えたとは思いません。子供の教育のためではなくあくまで大人の都合で英語が流れていただけです。
ただし、この良かった点は、
「なんかうちって、カッコいいなあ!英語の曲ってかっこいいなあ!」
という良い印象を子供の私の記憶に残したことだと思います。
私は30歳を過ぎて日本の大学院に入るまで、頭があまりよくなく、勉強も苦手だったし、精神的に繊細すぎたせいか両親は私に何の期待もしておらず、プレッシャーもかけられたことがありませんでした。つまり、ほぼ野放し状態。
結論としては、「やらせる」のではなく
「やりたくなるくらいかっこよく、さりげなく英語臭を振りまく」
やり方が効きます。
もちろんこれが全てではなく、一つの方法としての提案です。
